2019.12.31 プラッサオンゼジャムセッションファイナル【終わりの始まり】の陣 ~Muito Obrigada Praça11 part.1~
2019.10/27
この日は、プラッサオンゼブラジル音楽ジャムセッション、最後のセッションでした。
40人を超す皆さまのご参加で、大入りで大盛況のフィナーレで、9年間のプラッサオンゼでのセッション、
大盛況の最終回で御座いました。
遡ること2010年10月、ドラマーの黒田清高さんから『かよこちゃん!次の土曜、〇〇で(ここ忘れました)プラッサのライブが飛んじゃったんだよ〜。で、セッションやろうと思うんだけど、手伝って!空いてる?』と連絡が。
・・・正直、私は以前も現在も、セッションなるものに参加した事が無くて(笑)。
さあどうしよう?本音は断りたい・・だって分かんないし・・・でも、黒田さん大先輩だし・・・・
などと、頭がぐるぐる回りつつ
『う、うん・・その日、空いてるよ』
『あーー!ほんと?!!じゃ、よろしくねー!』
で、このセッションは始まったのです。
初回数回で、言い出しっぺの黒田さんが、諸事情により宮崎へ戻ってしまい、そこにベーシスト、コモブチキイチロウさんがメインホストとして加わってくれました。
それから色々試行錯誤しながら、セッションホスト3人+ナビゲーター(私)の体制に至るわけですが。
私は正直、いつも申し訳ない思いでした。
セッションホストの一員でありながら、皆さんの演奏のサポートは出来ない、ギターでソロは取れない、歌だって、何でも歌えるわけじゃない。
私なんかがこのセッションのホストとして居ていいんだろうか?いつ辞めますと切り出そうか?
そう毎回思っていました。
そんな中、コモさんが『仕切りが上手いねぇ(笑)。よっ!セッション女将!!』と呼んでくれました。
その時から、私の中で何かが変わった感じがします。
コモさんがくれた“セッション女将”という名前が、私のキャラと、プラッサセッションでの居場所を作ってくれました。
その後も最後に至るまで、コモさんはいつも『女将のお陰で続けてこられたよ』というあたたかい言葉をくれました。
9年間続けてくる中、当たり前ですが、日々皆いろんな事がありながら、月に一回プラッサオンゼに集まり、参加者の皆さんを交えながらセッションをしてきました。
今振り返ると、これはセッションホストの立場ですが、私たちには、集まるあの場が必要だったんじゃないかな、とも思います。
自身のライブのように気負う必要が無く、音楽を演奏する場所。
セッションの中での、まだつたない音楽に心を打たれる時や、本当に純粋に音楽を楽しんでる姿を見るにつけ、初心を思い出したり、背筋が伸びる思いや、自由さの憧れを持ったりしました。
それを分かち合っていただいた、とても貴重な場所。それがプラッサのセッションでした。
途中、『このセッションを続ける意味は?』と、何度も話し合いました。
今、やはり思います。
これは“続ける意味”ではなく“続けてきた”という事に意味があるのだと。
参加者の皆さんにそれぞれの意味があるように、私たちセッションホストにもそれぞれの意味があるのだと。
大切な事は、色々な事がありながらも、この場を守り続けてきた、その事なのかな?と思います。
そんな紆余曲折ある中、私たちをずっと見守り続けてくれたのは、言わずもがな、クラウヂアと花梨さんでした。
2人はいつも、叱咤激励しながらも、9年間支え続けてくれました。
プラッサオンゼという愛の中で、皆さんにお会い出来たこと、共に過ごした時間は、私の人生の歴史であり、宝です。
私たちホスト陣も、沢山のものを皆さんから学ばせていただき、支えていただき、育てていただきました。
どうぞこれからも、ブラジル音楽を愛し、人を愛し、人生を愛し、演奏し続けてくださいませ。
その愛の中に、このセッションでの日々の思い出が挟まれていれば幸いです。
最後になりましたが、
9年間、お忙しい中をいつも二つ返事でホストをお引き受けくださった素晴らしきミュージシャンの皆さま、セッションの大黒柱&大旦那コモブチキイチロウさん、発起人黒田清高さん、見守り続けてくれた大女将クラウヂア、花梨さん、プラッサスタッフの皆さん、そして、長きに渡りこの場を愛してくださった参加者の皆さん全てに。
私たちのホーム、愛の場所プラッサオンゼに。
女将、正座&三指でご挨拶で御座います。
皆さま、9年間有難う御座いました!
またどこかで、必ずやお会い致しましょう!
有難う御座いました!!!
心より感謝と愛を込めて
【セッション女将こと】
阿部かよこ